野生生物行政における「餌づけ」:環境省としての取り組み
奥山正樹
(環境省自然環境局自然環境計画課課長補佐)
(野生生物保護学会理事・行政研究部会幹事)

環境省の奥山です。私が現在所属している自然環境局自然環境計画課では、直接、野生生物の行政や餌づけを担当してはおりません。そのため、環境省の代表として見解を述べるのは難しい点をまずご理解ください。今日は自分が直接携わってきたことや、環境省の取り組みを紹介します。

もう一つの肩書きとした野生生物保護学会理事と行政研究部会幹事は、個人的な立場で努めさせていただいています。野生生物保護学会は、人と野生生物との関係を学問として考える学会で、学会員は500名程度です。また、2年程前に行政研究部会を発起しましたが、これは行政と研究者が協同して解決すべき問題を話し合うためにつくった部会で、正式な部会員は70人程です。学会員でなくとも準部会員として参加できるようにしており、さらに60人余りの方が参加されていますので、会場の皆さんも是非ご参加下さい。

今日は、環境省としての一連の取り組みということで、鳥獣保護事業計画と鳥獣保護法上での位置づけの話、普及啓発の取組の事例、希少種の保護増殖事業の上での位置づけや事例、最後にガンカモ調査の話をします。

餌づけの法的位置づけ

旧鳥獣保護法では、「給餌」は鳥獣保護区の関連で位置づけられています。昭和25年に鳥獣保護区の制度ができて以来、「土地の所有者は給水、給餌等の施設を設けることを拒んではいけない」という表現がずっと含まれています(図1)。
現法ではさらに、「鳥獣保護区における鳥獣の生息状況に照らして必要があると認めるとき」に行なう「保全事業」として採餌施設を設置することも規定されています。したがって、制度全体として給餌というものを否定しているわけではありません。
各都道府県は鳥獣保護法に基づいて鳥獣保護事業計画を作成することになっていますが、従来の基準を紹介します(図2)。昭和39~41年度の第1次鳥獣保護事業計画の基準では、鳥獣保護区内で必要な給餌施設等を設置するということが書かれています。法改正前の最後となった第9次鳥獣保護事業計画の基準では、特に「身近な鳥獣生息地の保護区では、鳥獣の誘致等のための給餌・給水施設等を生態系への影響に配慮した上で必要に応じ設置する」と少し細かく規定しています。

図3にあるのが現行の新しい法律に基づく基本的な指針です。この基本的な指針というのは、古い法律の時の都道府県に対する基準という性格だけでなく、国全体としての基本的事項も示すというように位置づけが変わりました(図3)。「鳥獣への安易な餌付けの防止」という項目が基本的な考え方というところに書かれており、「鳥獣への安易な餌付けにより様々な影響が生じるおそれがある」ということ、「このため、国及び都道府県は希少鳥獣の保護のために行われる給餌等の特別な事例を除き、地域における鳥獣の生息状況や鳥獣被害の発生状況を踏まえて、鳥獣への安易な餌付けの防止についての普及啓発等に積極的に取り組む」ということ、「鳥獣を観光等に利用するための餌付けについても、十分配慮する」ということが書かれています。

さらに、非意図的な餌づけに関することですが、「不適切な生ごみの処理や未収穫作物の放置」も様々な「被害の誘因になる」こと、そのため「地域社会等での普及啓発等に努める」ということが書かれています。この指針については平成23年度までとなっており、現在24年度以降の指針の見直しについて環境省で検討を始めており、来年6月までには次の指針をつくります。今後、パブリックコメント等で皆さんのご意見をいただく機会があると思います。

餌づけ防止のための普及啓発

これまでは法令上の位置づけの話でしたが、次に普及啓発の話をしたいと思います。図4、図5は少し古いものですが、環境省のHPで提供している平成13年発行の「ドバト被害防止パンフレット」です(図4、図5)。図5の右上に書いているように、「餌をあげると数が増える、人を恐れなくなる、ハトが自力で生きられなくなる、被害を与えて嫌われる」ため、「ハトのためにも餌をあげないで」と書いてあります。公園などでハトに餌をあげることを悪いことと思っていない一般の方に対して、基本的な気づきを促そうと作ったものです。

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ドバト被害防止パンフレット「エサをあげないで!」 環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護業務室
http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-2a/index.html
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余談になりますが、餌を「あげないで」という表現は、役所的には使ってはいけないという指摘があります。公文書の正式な表現として、「あげる」というのは目上の人に対してのものなので適切でないということです。餌を「やる」か「与える」が正しい表現ですが、子ども連れなど若い人たちを対象にする場合、一般の方の感覚で「あげないで」という表現が素直に伝わるだろうということで使ったものです。

こちらは同時期に作ったカラスについてのパンフレットです(図6)。当時、カラスによる被害が大きな問題になっており、東京都でもカラス対策プロジェクトといって集中的に対策を実施していた時期です。環境省も一般市民や自治体に向けてそれぞれの立場からの対策を解説する必要があると、平成11年度と12年度に集中して事業を行ないました。パンフレット右側にあるように、「給餌をすることでカラスは人をおそれなくなります。また、いくらゴミを管理しても給餌を増やせば食物が増え、意味のないものになってしまいます。人と野生動物の関係は一定の距離を保つことが必要です」ということを訴えている内容です。カラス対策として一生懸命ゴミを管理し、少しでも繁殖率を下げて個体数を減らそうとしているなかで、ダイレクトに餌をやってしまう人がいる。これは行政や一般市民の努力を無駄にする行為であることから、給餌を止めるということの意味を大きく取り上げて紹介しています。

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カラスパンフ
http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-1a/index.html
カラスマニュアル
http://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-1b/index.html
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次にローカルな例として、北海道の羽幌町にある北海道海鳥センター(環境省)が平成17年に作ったチラシを取り上げます(図7)。羽幌から天売・焼尻にフェリーで向かう乗客に対して、ウミネコに対する給餌について注意を呼びかける普及啓発目的で作られています。「普段、ウミネコは魚や甲殻類など動物質の餌をとっており、炭水化物であるスナック菓子はほとんど消化・吸収することができない」と書いてあります。当時、スナック菓子を消化できずに胃にいっぱい溜めたまま死んだウミネコの個体が見つかったことがあり、研究者のアドバイスもあって、海鳥センターとして作ったと聞いています。

次は、非意図的な餌づけに対する普及啓発の例です。知床連山を登山される方に向けて作ったパンフレットから抜粋したものです。平成17年の世界自然遺産登録の翌年なので、様々なタイプの利用者の方々に向けて普及啓発を展開していましたが、これは一番の核心部である連山を登山する方に対して、ヒグマを誘引しないように食料に気をつけてくださいという内容です(図8)。

右上の写真にあるような、4ヶ所のキャンプ地に設置しているフードロッカーを適切に利用してください、テント周辺での炊事は厳禁です、と書いてあります。自分の身を守るという最も直接的な被害対策としての呼びかけですが、ヒグマにとっては人に慣れてしまうことが保護管理上大きな問題になることから、非意図的な餌づけを絶対にしないように呼びかけているものです。

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知床連山
http://dc.shiretoko-whc.com/data/management/rules/shiretoko_rule_renzan.pdf
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保護増殖の手段としての餌づけ

ここからは、種の保存、すなわち絶滅危惧種に対する保護増殖の手段として餌づけを行なっている例をいくつか紹介します。種の保存法に定められている国内希少種全82種のうち47種について、法律に基づいて保護増殖事業計画が定められています。

タンチョウの場合は、その保護増殖事業計画のなかで次のように書かれてあります(図9)。給餌により個体数が回復したという歴史的経緯を踏まえたうえで、「現状では冬期の餌が不足していることから、給餌を継続する。この際、飼料の安全性の確保、給餌に対する依存度の低減及び農作物に対する被害防除の観点から、給餌量、給餌期間、給餌場所等の検討を行い、適切な給餌が実施されるよう努める」とあります。保護増殖事業というなかでは、「給餌」が大きな位置づけを持っているということです。

もう一つ近い例として、シマフクロウがあります。シマフクロウについても同様に、保護増殖事業計画のなかで、「現状では餌が不十分と考えられる生息地において、特に餌が不足する冬期を中心として、適切な方法により給餌を行う」とあります。同時に巣箱も設置することになっています。平成16年に作られた普及啓発のパンフレットには、「シマフクロウの保護活動は20年以上の歴史があります。食料不足を補うために、8家族の生息地で池を使って魚を放し飼いにしています。ひと家族をひと冬養うのに300~600kgもの魚が必要です」とあります。ご承知のように、シマフクロウは生息数自体が100羽程度で、30~40家族しかいないといわれています。そのうち8家族を給餌によって保護していることから、シマフクロウという種の保護増殖事業にとって冬の給餌は柱のひとつといえるでしょう。

種の保存法に基づく保護増殖事業計画の他の例をいくつか挙げます(図10)。これらは人為的な介入がこれまでの2種よりさらに深い例です。

イヌワシについては、事前の綿密な調査が前提になりますが、「手助けが必要なつがい」を特定したうえで、「巣の補修、人工巣棚の設置等」とあわせ、「餌動物が十分に生息できるような環境の整備、人工給餌等」を実施するとしています。

トキはご承知のとおり、野生下で絶滅したものの再導入を図っていますが、「採餌地の保全及び再生を進める」とともに、「冬期等における餌資源の不足に備え、関係者による給餌体制の構築及び給餌地等の整備を検討する」となっています。トキの場合は、地域の農業者の方などに協力いただき地域づくりといえるようなスケールでの取組になっているため、このような表現がされています。トキが採餌する地域の水田で作った稲を生き物ブランドの一つとして売り出している、などといった活動にもつながっています。

アホウドリは鳥島の繁殖地が非常に不安定な環境にあるため、小笠原群島の聟島(むこじま)に新しい繁殖地をつくるべく個体の再導入をしています。もう3年目になりますが、ヒナを移送して人工給餌によって育てているわけです。そういう意味では究極の給餌といえるかも知れません。山階鳥類研究所のスタッフの方々に大変画期的な成果を上げていただいており、毎年移送したヒナのすべてが巣立っています。アリューシャン列島の海上で巣立った個体が確認されているため、今年の冬から来春に向けて最初の人工給餌で育った個体がこの繁殖地に帰ってくるのではと期待されています。

ガンカモ調査からみた餌づけ状況

最後に、調査のデータとしてガンカモ調査の紹介をします(図11)。これは歴史ある調査で、環境庁ができる前の昭和45年から毎年実施されています。毎年1月10日前後に各都道府県で実施され、ガン・カモ・ハクチョウ類の個体数をカウントするものです。図11は今年平成22年1月に行なわれた調査の報告書からの抜粋で、給餌との関係について解析したものです。

給餌地点の数(左上の折れ線グラフ)が平成19年から急落していますが、これは鳥インフルエンザによる影響だといわれています。平成19~20年度に150地点くらい減少しています。特に東北地方においては給餌を止める場所が増えていますが、20~21年度はほとんど変化していません。図12の円グラフは今年のハクチョウに関するものだけですが、内側の円が観察地点数の給餌状況別構成比(全体のなかで餌づけされている地点の割合)、外側の円が観察個体数の給餌状況別構成比(餌づけされている個体の割合)を示します(図12)。

このようなデータの経年変化を見ると、平成19年度から給餌の割合が大きく低下しており、オオハクチョウに関しては平成19年度に63.8%だったのが22年度には16.4%に、コハクチョウに関しては同じく40%だったのが25.7%に減っているという、劇的な割合の低下を見せています。図12の一番下の表は、以上の状況を踏まえて、過去4年間において同じ場所で給餌状況に変化があった地点、つまり給餌していたのに止めた地点についてどのくらい観察個体数が変わったかをみたものです。これによると、オオハクチョウは給餌している年としていない年の比が1.34倍、一方、コハクチョウは1.11倍であり、オオハクチョウのほうが給餌された地点に集まる傾向が強いのではという考察ができます。これはごく一部のデータですが、餌づけの対応を考えていくうえでは、少しずつでも科学的なデータを集め、それに基づいて理論的に考えていく必要があります。「計画的に、順応的に」というのが最近の野生生物行政の基本だとされていますので、餌づけへの対応についてもそれを目指していくべきだと考えます。

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