イノシシにおける非意図的な餌づけと被害問題
仲谷淳(中央農業総合研究センター)

私はイノシシを中心に、非意図的な餌づけと農作物被害の問題についてお話させていただきます。餌づけの中には意図的なものと非意図的なものがあって、塚田さんは意図的なものを中心に、白井さんは両方についてお話しされました。私は、非意図的なものを中心にお話しします。白井さんも指摘されていましたように、食害は立場を変えて見れば餌づけという見方ができます。私の話では、まずは食害問題、次に放置作物の問題、そして、捕獲・駆除での箱罠に使う餌の問題などを整理して、非意図的な餌づけ問題について紹介したいと思います。また、最後に、獣害の過去から現在、そして未来の状況について考えます。

食害問題

写真1 これは、イノシシによる被害で草原のようになった田とトウモロコシ畑の写真です(写真1)。深刻な被害問題が生じています。図1の折れ線グラフは全国におけるイノシシによる農作物の被害面積で、棒グラフはイノシシの捕獲頭数です(図1)。捕獲頭数はどんどん増えています。この図では、最新の数値が30万頭となっていますが、今では、40万頭を突破したと聞いています。これだけたくさんのイノシシが捕獲されている割には、被害面積はそれほど変わっていない。少なくとも明確に減少しているという傾向は読み取りにくそうです。

図1イノシシによる食害としてどのようなものがあるか見ていただきます。図2は、農林水産省が公表しているイノシシによる農作物の被害量を表したものです(図2)。イネが最も多く、9千トンの被害があります。全てがイノシシによる食害かどうかは厳密には確認できていませんが、大量の被害があることは確かです。そして、果樹、飼料作物、野菜、いも、工芸作物などが続き、合計の被害量は3.5万トンに達します。

これだけ被害があるということは、逆に、これ程大量の食物でイノシシが餌づけされている可能性もあるわけです。また、野生動物全体について見ると、飼料作物を除いた場合、図2イノシシが2.8万トン、獣全体で9.6万トン、鳥類も入れると12.0万トンもの食害が起こっています。飼料作物を除いたのは、シカによる牧草などの飼料作物への被害がとりわけ大きな数値(34万トン)になっているためです。

イノシシの農作物への被害は激しいとよくお聞きになると思いますが、それは動物がもつ胃の構造と関係します(図3)。図の上のように、イノシシ、サル、クマというのは、胃袋が1つしかありません。一方、同図下のシカやカモシカのような反芻動物は、胃袋が複雑で4つあります。こうした胃の構造の違いが農作物への影響を決めます。図3胃袋が1つの単胃動物は、人間を含めて栄養価が高く消化の良い食べ物が必要です。人間も繊維質(セルロース)の多い草だけでは生きていけません。逆にシカやカモシカは、高栄養なものよりも、繊維質の多い草を食べて、それを胃の中にいるバクテリアに消化してもらって、バクテリア自身の生産物を利用して生きています。研究者によっては、シカは草食動物ではなくて、バクテリアを食べる肉食動物だといいます。いずれにしても、イノシシやサル、クマなどは人間と同じようなものを食べる胃の構造を持っている。そのため、彼らはどうしても作物が大好きなのです。これは生物学的な必然といえます。

西本豊弘先生が2001年に出された本の中で、遺跡に出てくる野生動物の骨を調べた結果を紹介しています。縄文時代では、シカとイノシシの骨が半々ぐらいですが、弥生時代になると、シカよりもイノシシの方が増えるそうです。イノシシやブタが飼育されていたという可能性がなきにしもあらずですが、西本先生は、弥生時代にイノシシが増加したのは焼き畑農業がイノシシを引きつけたのだと考えています。私もそう思います。焼き畑だけかはどうかは分かりませんが、栽培農業が野生動物を引きつけたという面があったでしょう。

イノシシに対する人間の見方も、時代によって変遷していると、私は考えています。例えば縄文時代は狩猟採集生活ですから、イノシシがいることが幸せ、あるいはイノシシがいなくては食生活に困ったことでしょう。しかし、栽培農業が始まると野生動物は害獣になります。害獣とみなした場合、いない方がいい。それでもまだイノシシを食べたい、肉を食べたい、という気持ちが強い時代は、イノシシなどの野生動物は、害獣としての側面も持つと同時に、福の神としての側面も備えていました。それが最近のように、「肉」といえば飼育している家畜のウシやブタの肉を指すようになった段階で、野生動物は害獣という側面だけが残ってしまったように感じます。結局、被害問題を考えた場合、先ほど見たように「作物は栄養の塊で、作物を作ること自体が野生動物を引きつけてしまう」という認識が大切です。

野生動物はどこに棲んでいるかについて、千葉徳爾先生が1978年の論文の中で、面白い資料を提供しています。先生は、野生動物の生息地を起伏量(地図上で一番高い所と低い所の差)で考えた場合、クマとカモシカは起伏量の大きい急峻な山に、そして、シカはやや緩やかな里山あたりにいることを明らかにしました。図4一方、イノシシはというと、標高差200mぐらいの丘陵地帯に生息し、その傾向は人間も同様のようです。先生の書かれた図を見る限り、人間とイノシシの住(棲)む場所というのはまさに競合している感じです。実は、イノシシは山が好きではなく、平地を好む動物なのです。おそらくサルもそうでしょう。山に棲まないといけない動物は非常に少ないのです。

最近のイノシシの分布は拡大傾向にあり、1978年から2003年の25年間に大体3割増加しています(図4)。拡大には3つの傾向があって、まずは北方への進出、次に平地への侵攻(佐賀平野など)、最後に島嶼部への侵入です。どんどん分布が広がっていると考えてよいでしょう。

放置作物の問題

次に放置作物の問題についてお話しします。まず落ち穂と二番穂(ひこばえ)です。そして白井さんの話にもありました廃棄ミカンやタケノコについても紹介します。日本人は、家の周りにしばしば柿やビワ、ヤマモモを植え、とても丁寧に生きる民族だと思います。ザクロやイチジクなども植えました。そういう丁寧さを持った農家というか、民族であることが、時には逆の負の影響に変わることもあります。
これは、落ち穂の残る田をイノシシが掘った写真です(写真2)。栃木県で、コンバインによる刈り取り後の田に籾がどれぐらい残っているかを、縦37cm横20㎝のマスを10個選んで推定したところ、1ha当たり363㎏ぐらいになりました。これを全国の主食用の米の作付面積(158万ha)に当てはめると、58.9万トンになり、とてつもない量が供給されていることになります。

また、二番穂について千葉県で調べたところ、1株当たりに籾が400粒ほど付いていて、これを食品として販売されている精米の米粒の重さを基に、生産量を調べました。全国の全ての水田で二番穂が出来るとは限らないので、仮に全国の作付面積の10%あるいは1%で二番穂が生じて成熟した場合、10%では20万トン、1%ではその十分の一の2万トンになります。いずれにしても大変な量の餌が供給されていることになります。
この他には、イノシシが倒した稲だとか、風水害を受けた稲が小動物や鳥の餌になっています。以前、山口県で大きな台風があって、ほとんどの稲が水に浸かって商品価値をなくしました。収穫しないまま放置されたため、キジが山からたくさん出て食べて、キジの数が増えたといわれています。

廃棄ミカンについても、一体どのくらいあるか、ざっと考えてみました。某県での農家への聞き取りでは、大体生産農家1戸当たり1トンを廃棄していたようです。県全体で1万戸の農家がありますので、おおよそ1万トンぐらい廃棄されているでしょうか。全収穫量の5%ぐらいのようですので、全国に当てはめると、5万トンのミカンが捨てられていることになります。さらにリンゴなどを入れると、果実の廃棄量はとてつもない量になりそうです。

図5タケノコは、近年、作付面積や収穫量が減少しています。竹林の面積が大きく変化していないとすれば、以前の生産量と現在の生産量の差が、生えたままで放置されるタケノコの量になりそうです。全国の生産量は過去に17万トンぐらいあったのが、最近では3万トンぐらいです(図5)。

タケノコの消費量は以前よりも多くなっていますが、国内生産量が減ったのは、海外からの安いタケノコの輸入増加によると思われます。現在の生産量と、過去最大だった1955年との差は14万トン程度で、これが収穫されずに残っているタケノコの可能性があり、イノシシの餌となっているかも知れません。現在の消費量に見合う生産を国内で行なえば、放置タケノコも減少するのですが、経済的に成り立ちにくい現状があります。被害対策の中には、やればよいと考えても、経済的な理由などによってできないこともあり、この点をしっかり考えておく必要があります。ちなみにタケノコは、水煮のイメージが強くて栄養がないと思われがちですが、意外と高栄養です。タンパク質は100g中2.5gぐらいで、たまねぎやキャベツ(0.6gと1.5g)に比べて、多く含まれています。

捕獲にともなう餌づけ

写真3最近では、イノシシを捕獲する場合、特に有害駆除の時に、罠を使うことが多くなっていて、中でも箱罠が増えています。箱罠を使うときは当然、中に餌を入れますし、呼び餌として外に蒔くこともあります(写真3)。餌として糠を入れることが多いのですが、その他にドッグフードを、時には残飯や果実を入れます。明らかに、これらは野生動物の餌になります。イノシシだけではなく、タヌキ、テン、ハクビシン、ネズミ、あるいは鳥、といったものが集まってきます。

箱罠の餌として、1回に3㎏から8㎏ぐらいの餌が蒔かれますが、その頻度は1週間から2週間に一度というのが多いと思います。栃木県のある市には200個以上の箱罠があります。そうすると栃木県内で少なくとも1000個ぐらいの箱罠がありそうです。栃木県は県全体としてはまだまだ箱罠が普及していない方で、九州や四国地方ではもっとたくさんの箱罠がありそうです。そう考えると、全国で少なくとも1万個ぐらいの箱罠があるのではないかと思います。それが10日おきぐらいに4㎏の餌を蒔くとすれば、駆除と狩猟が活発な6か月で720トン。個人的にはもっと多いのではないかと思っていますが、いずれにしても大量の餌が野生動物に供給されています。

箱罠で多くのイノシシを捕獲駆除しているというのも事実です。捕らないといけない事情もあります。しかしながら、もし半分のイノシシしか箱罠で捕らないとすれば、残り半分のイノシシに対しては餌づけしていることになります。箱罠では、イノシシ以外のタヌキなどの他の動物もよくかかります。最近の箱罠は小動物があまりかからないような工夫がされ、重さだとか体の大きさだとかに対応していますので、そういう小動物が捕まることは少なくなっていますが、イノシシ以外の動物に大量の餌を供給していることは間違いありません。

ここで、イノシシを中心とした幾つかの非意図的な餌づけの量をざっとまとめてみますと、イノシシの食害3.5万トン、廃棄ミカンとか放置タケノコが20万トン近く、落ち穂と二番穂(作付面積の10%で生じる)で80万トン、これらを合わせると計100万トンぐらいの餌が供給されていることになります。渡り鳥の大きな越冬地での給餌量は年間大体100トンくらいだと聞いていますので、全国でイノシシへの非意図的な餌づけ量は意図的な渡り鳥の餌づけ地の1万カ所分に匹敵します。これはあくまでも荒い推定値なので、必ずしも正しくはありませんが、非意図的な餌づけ量の多さは理解して頂けることと思います。

獣害の過去・現在・未来

図6最後に、獣害の過去と現在、そして未来についてお話しさせていただきます。このグラフは日本の農地面積の増減を模式的に表したものです(図6)。江戸時代は農地も少なく、面積もあまり増加していませんが、野生動物による食害が原因の飢饉も見られ、獣害が深刻だった時代といえます。明治、大正、昭和に入ると、急激に農地が増えていきます。この時期は、人間が山に攻め上がった時代と考えることができます。野生動物、特に大型哺乳類であるイノシシやシカ、クマ、サルが山の奥に押しやられたわけです。この力によって、やがて、被害が少ない時代がしばらく続くことになりました。そう考えると、獣害がなかったのは明治以降の100年間くらいでしょう。

時代が進み、1965年あたりから農地がどんどん減り、最近ではその減少率が毎年0.5~1%ぐらいになっています。農地の減少を見る限り、人間の活力が減っているように感じます。そのため、山に押しやられていた動物が里に下りてくるようになり、獣害が深刻化しています。さらに、状況が悪化すると、獣害はどうなっていくのでしょうか。実は、最近では鳥獣による被害、中でもイノシシの被害が減っているのです。

図7こちらのグラフはイノシシによる被害農地の面積を表したものですが、最近では、全体的に減少傾向がみられ、特に中国・四国地方で顕著です(図7)。中国地方では島根、四国地方でも高知などで極端に減っています。

同じようなことが関東でも起こっていないかと思って調べてみたら、茨城県でも減っていました。千葉県では一時増えていたのですが、最近になって減っている。どうしてこんなに減っているのかというのが気になります。被害が減っているのは西日本で明確ですから、一つには被害対策をしっかりとやった結果だろうという意見があります。その一方で、作らなくなったから被害が減ったという意見があります。後者の可能性が高いように感じます。単に、作らなければ被害にならない、というわけです。
図8以前は、中山間地の農業などの人間活動が活発だったために、どんどん野生動物を山に押し上げてしまった時代、大型動物が山にしか棲めない時代を無意識に私たちが作り出していたのでしょう(図8)。タヌキのような小動物がわずかに取り残されて、人間の近くにいることが出来たのだろうと思います。

それが最近になって、中山間地の活力が下がり、活発な活動範囲が縮小して、中山間地帯自体が関西でよく使われる“スカスカ”状態になってきて、そこに野生動物がどんどん侵入しているのだろうと思います。野生動物が棲みやすい平地を求めてどんどん下りてくる(図9)。図9「もともと動物は山にいるもの」、「山にいるのが動物の本来の姿だ」という人がいますが、これは逆で、全くの嘘です。野生動物も平地の方が棲みやすいのです。私は最近、「県庁所在地が危ない」とよくいっています。野生動物は県庁所在地を目指しているようにも見えます。県庁所在地での人身事故もよく報道されています。

その一方で、大きな平野があると、山からどんどん出てくる野生動物はその周辺部でどうにか止まります(図10)。それがまさに関東平野の状況です。関東平野は日本の獣害問題の中で完全に特異な地域といえ、広い平野の周辺部(山地の林縁部5㎞ぐらいか)の獣害はひどくても、中心部には野生動物、特に大型哺乳類はあまり入ってこないわけです。図10

そうすると関東平野の周辺部にいる大型動物はどんどん東北の方に進出するのかも知れません。これからは東北が獣害で大変だろうと、ときどき話しています。ただし本当に真ん中部分が安全かといいますと、イノシシの分布図には茨城県近くの千葉県北部も記載されていますから、場合によっては完全に安心というわけではなさそうです。イノシシは、クマほど広い生息地が必要でなく、かなり小さい地域でも棲めます。小さな林あるいは丘があれば、その中に入り込みますので、注意が必要です。

日本の人口予測では100年後に3500万人、つまり明治初期の人口になるともいわれています。必ずしも予測通りになるかは分かりませんが、2020年頃からは着実に下がって行きます。今はまだ下がり方が微々たるものですが、やがて急激に減少します。だからこそ今の内に、将来の30年後40年後を想定して、環境や農業のあり方を考えるべきだと思っています。

今回の発表を行なううえで、次の事柄についても考えました。意図的な餌づけは比較的狭い範囲で起こることが多く、非意図的な餌づけは広域になりやすい。また、意図的な餌づけ問題に多くの人が取り組んでいます。そこで得られた成果やものの見方を、非意図的な餌づけ問題の解決に利用できないだろうか。非意図的な餌づけ量は、想像以上に莫大で、場合によっては意図的なものよりも遙かに大きな量になります。これまで得られた成果や価値観の議論を、大きな視野の中で再検討する必要があるのではないだろうか。また、動物に提供しているのは、餌とともに、「場所」づけもありそうです。

そう考えると、物事の解決には、私たちはいろいろな状況のもとで、科学的なデータを含めて、迷い考えるしかないのではないか。それによって、答えを出し続ける。そしてまた迷い考える、それを繰り返すしかないのではないかと思ってしまいます。その一方で、一生懸命考えることがはたして良いのかどうか、と考えるときもあります。坂の上の雲の時代、一生懸命頂上を目指して駆け上がった時代、頑張ればよい時代、頑張るだけでよい時代がありました。しかし今は、価値観自身を問い直すべき時代、迷い悩む時代だと思います。一生懸命にやる、頑張ればよいという時代は終わったような気がします。

そういうことを考えていたら、フォアキャストとバックキャストという考え方に行き当たりました。フォアキャストというのは前にある未来の目標を見て、今いる地点をから考えて一生懸命やる、わかりやすくいい換えれば、その場その場で一生懸命やるというやり方です。バックキャストは、現在から未来を見るのではなく、未来から現在を見て、未来の目標のためにその手前で何が必要なのか、そのまた手前に何をすべきなのか、そういったものを考えて未来から計画を立てていく方法です。バックキャストはスウェーデンの国家戦略として活かされているようですが、日本の場合は、どうしても、とにかく今を頑張るフォアキャスト型のようです。日本の農業の100年後、100年後が難しければ少なくても10年後、20年後を視野に入れて、農業をどのようにしたいのか、また、私たちの生活にどう影響するのか、さらに、野生動物と私たちはどう関わっていくのかを、バックキャストの視点から考える必要があるように思えます。今、現在の問題を解決するだけでなく、将来の状況を視野に入れて、物事を考えることが大切だと考えています。

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