シンポジウム『野生動物への餌づけを考える』
  2010年11月23日 (会場:立教大学、主催:ナキウサギの鳴く里づくりプロジェクト協議会)

キタキツネの餌づけ問題:観光ギツネとエキノコックス症感染リスク
塚田英晴
(農業・食品産業技術総合研究機構)

今日は、キタキツネの餌づけ問題ということで、副題として、観光ギツネとエキノコックス症感染リスクというかたちでお話しします。
私は、かれこれ16、17年前になりますが、知床国立公園で博士課程の学生の時にキタキツネの研究をしておりました。今回はその時の研究の結果を一部交えて、その後の研究なども含め、キツネを題材として餌づけの問題を考えてみたいと思います。

キタキツネの餌づけはなぜ問題なのか?

今回、私なりに野生動物の餌づけの問題を考えてみました。キツネを題材に餌づけの問題を考えた時に、私なりに出した結論は、「キタキツネの餌づけというのは、エキノコックス症の感染リスクを高める故に問題であり、容認されるようなものではない」というものでした。本土(内地)の方であれば、この結論をホンドギツネのイメージで考えてもピンとこないのではないかと思います。キタキツネが置かれている状況とホンドギツネが置かれている状況はずいぶん異なりますので、そのあたりを詳しく説明しなければなりません。
キタキツネの餌づけ問題とは何か?私は三つの問題に分けられると考えました。まず一番目に、観光ギツネの問題です。これは直接的に餌をキツネに与えることに起因する問題で、「意図的」に野生動物に餌づけするということに起因する問題と言えます。二番目は、エキノコックス症についての問題です。キツネにはエキノコックス症という人畜共通感染症があるため、餌づけは問題になると考えられます。三つ目は、都市ギツネの問題です。これがなぜ餌づけと関係あるのかと思う人も多いと思いますが、この都市ギツネの問題は、「非意図的」餌づけ問題を多分に含んでいると考えました。

観光ギツネとは?

まずは、観光ギツネについてお話ししていきます。皆さんは観光ギツネという言葉を聞いたことはあるでしょうか?これは1993年頃になりますが、私が知床国立公園でキツネの研究をはじめた頃、知床国立公園で見られるキツネたちをこのように呼んでいました。かれらは、真っ昼間に道路上に現れて、車でやってくる観光客の足を止めます。そして、観光客の一部から餌をめぐんでもらうというような行動をするキツネたちでした(写真1)。写真1をご覧になっただけで、ホンドギツネとは随分違う行動パターンをもったキツネだということがお分かりいただけると思います。これだけではキツネに及ぼす餌づけの影響がよくわからないので、これらの観光ギツネに電波発信機を装着してその行動を追跡してみました。

観光ギツネの行動

図1は1993年4月に電波発信機を装着した1頭のキツネの動きを地図上にプロットしたものになります(図1)。太線が道路で、破線が7月にこのキツネが動いていた行動範囲を示しています。
知床国立公園は結構雪深いところで、冬になると雪が沢山降り道路が閉鎖されてしまいます。4月下旬から5月上旬にゲートがようやく開き、観光客が道路を通って奥に入っていけるというような場所です。そのゲートが閉まっている期間のキツネの位置を●で示しています。これを見てお分かりになりますように、車止め(ゲート)よりも公園の外側(左側)にも活動場所があったということがご覧頂けると思います。ここまでは観光客が入ってこられるので、ここで餌ねだりをしていたことになります。車止め(ゲート)が開放されて、公園内に観光客が入っていけるようになってからのキツネの位置を□で示しています。2つの時期で重複していた点は■で示してあります。この□と■の位置をよく見ますと、このキツネが7月に動いていた範囲にほとんど収まっていたということがわかります。

キツネは一般的にテリトリーを持って生活しています。そのテリトリーを離れるということは、他のキツネのテリトリーを侵犯してしまうことになります。そのため自分のテリトリーを離れて行動することは、あまり頻繁には報告されていなかったのですが、観光ギツネの場合、こういった自分のテリトリーを離れることが度々観察されました。テリトリーを離れていく場所は他にもあり、市街地の方にも行くことが観察されています。
次に示すのは、同じく1993年の夏の間に計9頭のキツネに発信機をつけ、その行動域をプロットした図です(図2)。点線が雄、実線が雌の行動域になります。調査地は、地理的には知床国立公園のオホーツク海側となり、玄関口がウトロで、その奥は民家のない自然豊かな国立公園が広がっているという配置になっています。
夏に観光客が訪れる間、キツネの行動域は雄と雌の間で重複し、雌同士では排他的に分布する、一般的に他の地域で認められるようなナワバリ的行動パターンを持っていました。これが観光シーズンではない時期(4月にはゲートが閉じて観光客がシャットアウトされているので、入ってこられなくなる)になると、行動域が大きく変化します。自分のテリトリーを離れてウトロの市街の方へ移動する行動が観察されました。市街地で何をしているのかといった詳細な行動観察はできなかったのですが、一部の個体については、ホテルの玄関先で餌ねだりをしたり、残飯をあさったりといった行動が観察されました。

観光ギツネの食性

次に、これらの観光ギツネがどんなものを食べて暮らしていたのか、ということについて調査しました。観光ギツネのナワバリ内の道路沿いで糞を拾い、糞の中から出てくる未消化物を分析して何を食べているのかを調べてみました。
図3は736個の糞を拾って分析した結果です(図3)。棒線は、各餌品目が含まれていた糞が何個出てきたのかについて割合で示しています。△は各餌品目の乾燥重量を足し合わせて、その割合を示したものです。多く食べられていたのは、ネズミ、昆虫、果実といった自然界で得られるもので、大半を占めていました。

一方、観光客からもらった人為物は、出現頻度で10.4%ほど、乾燥重量で4.3%ほどの非常に限られた割合しか食べられていませんでした。餌全体の割合で見る限り、人為物に対する依存度はそれほど高くなかったということがわかります。

餌づけと行動パターンの変化

餌ねだり行動については、その出現パターンを1993年と1994年の観光シーズンに調べてみました(図4)。これはこの2年間で、毎月約20kmの道路を車で12往復して、1往復でカウントできるキツネの数を折れ線グラフで表しています。その時にすれ違った観光客の車の台数を一分間あたりの台数で表したものが棒グラフです。ここからわかるように、夏にピークとなる観光客の数とは無関係に、キツネが餌ねだりをする頻度は観光シーズンの初めに多く、終わりに少なくなるという傾向が認められました。これは観光客の都合とは無関係に、キツネの都合でキツネの餌ねだり行動が変動していたことを示していると考えられます。

この「キツネの都合」とはいったい何なのかというと、キツネにとっては自然界での餌の摂取が基本であるということです。自然界の餌は得られる量が季節的に変動します。ですから多くとることのできる時期もあれば、とることのできない時期もあります。キツネは自然界の餌を多くとれない時期に頻繁に餌ねだり行動をして、その不足分を餌ねだりで代替する一方で、自然界の餌を多くとることのできる時期になると、あまり餌ねだりに出てこなくなったと考えられます。
以上の結果から、結局観光ギツネと普通のキツネがどう違っていたかというと、餌に関しては、人為物に対する依存度はそれほど高くなく、あっても限定的だということが明らかになりました。一方、行動パターンに関しては、自分のテリトリーを離れて非常に遠くのところまで行き、ホテルの玄関先で餌ねだりをしたり、残飯をあさったりすることが観察されました。こうした変化の中で特に象徴的な部分は、人との接触距離の変化です。すなわち、人とキツネとの距離感が非常に小さくなり、触れるか触れないかほどの距離にまで近くなることが、観光ギツネにおける餌づけの特徴と考えられます。

エキノコックス症

こういった行動変化の特徴故に、最初に指摘した二番目の問題であるエキノコックス症と密接な関係が出てくるわけです。エキノコックス症の原因となるエキノコックスという寄生虫はサナダムシ(条虫)の仲間です。とても小さな虫で、体長は2~3mmほどしかありません。サナダムシはとても長くて大きなイメージがあると思いますが、このような小さなものもサナダムシの仲間に含まれます。
日本では今のところ、北海道にだけエキノコックスが分布しています。図5はエキノコックスが野外でどのように存在し、どのようにして人間に感染するのかを模式的に示したものです(図5)。

エキノコックスは、成虫と幼虫で寄生する動物が異なります。成虫の場合は、キツネもしくはイヌなどのイヌ科動物の腸管に寄生します。サナダムシですので、たくさんの片(へん)節(せつ)をもっており、その末端の部分にたくさんの卵があって、一部がちぎれて糞と一緒に排出されます。幼虫の場合は、排出された卵を食べた中間宿主となるネズミに寄生します。例えば北海道ではエゾヤチネズミ(最近ではタイリクヤチネズミともいわれる)のような野ネズミが食べると、卵が体内で孵って、幼虫が肺や肝臓などに寄生します。このように感染したネズミをキツネが食べることによって、再びキツネに感染して、消化管にエキノコックスが寄生するといったライフサイクルを持っています。つまり、キツネがネズミを好んで食べるがゆえに、エキノコックスは野外で生存できるわけです。
それでは、このことが人間とどのように関わってくるかというと、野外に排出されたエキノコックスの卵を生水や生の食べ物を通じて体内に取り込んでしまい、その卵が孵化して肝臓や肺などに幼虫が寄生することで、エキノコックス症という病気を引き起こします。つまり、エキノコックス症において、キツネは人の感染源となるわけです。
キタキツネのエキノコックス感染率はどれくらいかについて、北海道庁が行なっている調査結果をまとめてお示しします(図6)。折れ線グラフがキツネのエキノコックス感染率で、棒グラフが検査したキツネの頭数です。変動はありますが、近年増加傾向にあり、平成20年には4割を超えています。つまり10頭キツネをみかけたら4頭はエキノコックスに感染しているという計算になるわけです。

こういった事実をもとに、観光地でキツネと接触している場面がどういうことを意味しているか考えてみると、接触するキツネの大半はエキノコックスを持ち、その近くでキツネが糞をするので、エキノコックスの虫卵が含まれた糞が大量にばら撒かれている可能性が高いということになります。

都市ギツネとは?

話はこれだけではありません。もうひとつ問題を指摘したいと思います。それは都市ギツネの問題です。都市ギツネといっても、北海道在住でない方はピンとこないかもしれませんが、内地で例えると、最近都心や皇居にタヌキが出たというような話がありますが、それがキタキツネでも起こっていると考えてもらえばいいと思います。要するに大都会などの市街地に生息するキツネを都市ギツネといいます。なぜこれが餌づけと関係があるのかというと、都市ギツネの食性をみれば、私の意図することがわかって頂けると思います(図7)。これは少々古いデータですが、1998年に北海道立衛生研究所の浦口氏と一緒に札幌市の市街地で交通事故死した個体を集めて、その75頭の胃内容物を調べた結果です。各餌品目が占める乾燥重量の割合であらわされており、残飯が37%を占めていました。キツネが人由来の餌資源にかなり依存した生活をしていたということが、一目瞭然だと思います。さらに、分析した手法が異なりますが、知床の観光ギツネが人為物を食べていた割合と比較しても、これは圧倒的に多い割合でした。こういった残飯類には、庭先にくるキツネに与えたものなど、都市住民が意図的に餌づけをしていたものも含んでいたかもしれませんが、大部分はキツネ自身が残飯類をあさって食べたものと考えられます。このように、都市ギツネというのは、観光ギツネ以上に人為的な餌、つまり意図しない餌づけに依存した生活をおくっていたとみなすことができます。

こういった都市ギツネが市街地のどこに生息していたのかをプロットしたものが図8です。1997年に札幌が雪に覆われた時期の2~3月に、130箇所の公園や緑地で足跡を探して、キツネがいるかいないかを調査しました。この●でプロットした部分がキツネがいた場所で、○がキツネがいなかった場所、グレーの部分が市街地です。こういった市街地でも色々なところに都市ギツネが生息していたことがわかります。

次の図9は、全部で19箇所の巣穴を見つけて、そこでエキノコックスに感染しているかどうかを調べた結果です(図9)。そのうち、●で示した11箇所で拾ったキツネの糞からエキノコックスが確認されました。つまり調査したキツネの家族の半数以上が、エキノコックスに感染していたということがわかりました。

写真2は、こういった都市ギツネがどのような場所に営巣していたかを示したものです(写真2)。マンションのような民家のすぐ裏にキツネが営巣していました(写真左)。右下の写真は、使っていない官舎ですが、通風孔を入口にして、官舎の床下に営巣していました。このように都市のキツネというのは、人間の生活と非常に密着した形で生活しており、まさに重複した生活空間をもっていることがわかります。

餌づけ問題を問う

最後に、餌づけの問題について再度考えてみたいと思います。人間と野生動物の生息域は通常離れているものですが、観光ギツネにせよ、都市ギツネにせよ、餌というものを媒介にして、本来は離れていたもの同士の距離がどんどん近づいてしまう、こういった部分に餌づけという現象の特徴があると考えます。
そして見逃してはいけないこととして、キタキツネの場合は、これにエキノコックスという問題が必ず関わってくるという点です。現在キタキツネの約4割がエキノコックスに感染しており、こういった状況下で餌づけをすると、自分たちの生活圏にエキノコックスを引き寄せてしまうことになり、エキノコックスが常に身近にあるという状況が生まれます。
最初の問題提起に戻りますが、キツネの餌づけがなぜ問題かというと、エキノコックス症の感染リスクを高めてしまうというその一点で、餌づけ自体を正当化することもできないし、私自身、餌づけをやるべきではないと考えます。他の動物の餌づけの場合、例えばホンドギツネの場合は、もちろん問題の構造は変わってくるかもしれませんが、少なくともキタキツネに関しては以上のような問題があることを認識していただき、皆さん自身でも餌づけ問題全体を考えるきっかになれば幸いに思います。

参考文献

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